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世界一バカ

トボトボ歩く後頭部辺りから、つ・か・れ・た・・・という文字が出ていそうな金曜日。いやはや取りあえず乗り切った今週。来週はライブがあるので、来週もがんばれそうだ。

ところで久々に親と長電話したんだけど、親と話すと、よく地元の誰かしらの近況を聞かされる。特に、親戚と同級生の話が多い。
同級生と言っても、とっても田舎だから、半数ぐらいの同級生は、イコール幼馴染になる。ヘタしたら親戚にもなったりする。だから、普通はどうなのかわからないけど、中学生になっても男女問わず、多くは名前で呼び合う。大人になると会社では名字だし、名前呼び捨てで呼ばれるのほんの一握りだから、そう考えるととっても親しい感じがする。

そんな事を考えながら親と話していたら、中学時代の事を色々と思い出してきたので、昔話でも一発。

ここで言う同級生は、地元の同級生。高校から地元を出たので、中学までの同級生だ。あまり昔の事を覚えていられないタチなので、小学生の頃の思い出はビックリするぐらい少ないんだけど、中学生の頃はとっても多い。というのも、非常にバカやって楽しかったから。
どのぐらいバカかと言うと、割と大人になってから同級生たちと会った友人から聞いたところ、とあるクラス一人気者だったいわゆる男子に、「あの頃のお前たちの笑いセンスは群を抜いていた」って評価をいただいたほどに。

私たちの何がそれほど群を抜いてバカだったか、自分ではよくわからないんだけど、全体的にバカだったと思う。これぞ中学生!って感じの、意味不明で怖いモノ知らずのバカ。ひとつ思い出せるのは、なぜかクラス中で画鋲を使うイタズラが流行し、ま、画鋲の使い方と言えば使い方は決まってくるけど、画鋲手にくっつけたまま握手を求めたり、こっそり椅子に画鋲を置いたり。ちなみに、イジメというなんせーんすなものは全く無く、本当に他愛のないイタズラだ。クラス中の誰もがしかけ、誰もがひっかかり、お尻に画鋲をつけたまま気付かないツワモノも登場し、私なんだけど(笑)

それで、結構やりたい事がまかり通り、合唱曲を何にするか決める時、当時私たちがこぞってハマっていたスピッツの曲にしちゃったり、何人かが生徒会だったのでその権力を使い、文化祭とか卒業生を送る会みたいなので、そんな文化全く無かったんだけど、ヘタクソなバンドをやったとか。そういえばこのバンド、先生方からの要望で校歌をアレンジしてやった事もあるんだけど、あ、HONORじゃん!って今では思う。あんなクオリティー高くないが。
その生徒会に私は入ってなかったんだけど、仲の良い友達が数人いたので、よく生徒会室で遊んだり、横断幕作るの手伝ったり、横断幕作る時にハガケンジについて熱心に話していたどうでもいい思い出もあり。経緯は忘れたけど、何故かカーテンをチクチク友達と縫ったり、体育祭の鉢巻を先生の車で買いに行ったり(田舎ゆえ、ちょっと都会に出るので楽しい)、先生の誕生日を祝い、こっそり録音していたそのお祝いのワイワイ音声を後でプレゼントしたり、部活もあったので、家にまっすぐ帰るってことは滅多にないぐらい、急がしく楽しく過ごしていた。

でも、中学生と言えば思春期真っただ中だから、それなりに何かしら悩んでいたんだろう。友達とケンカもしたし反抗期もあった。
太宰治の「女生徒」に、「いまに大人になってしまえば、私たちの苦しさ侘びしさは、可笑しなものだった、となんでもなく追憶できるようになるかも知れないのだけれど、けれども、その大人になりきるまでの、この長い厭な期間を、どうして暮していったらいいのだろう。」という一部があるんだけど、マサにそんな感じ。ところでこの「女生徒」。読んだ時、え?太宰治?マジで?ってビックリしてよく覚えている。

そんな感じで、思い出すのは楽しい思い出ばかり。これってとっても良い。すごく良い。どのぐらい良いかと言うと、あの頃に戻りたい…とタイムマシン探したくなるぐらい。…だが、イカンイカン!と、大人になった現状もまた、結局バカやってるじゃないか!って風に、バカ精神と笑いを忘れず、一生バカやって笑えるように、世界一バカだったあの頃の自分を、適度に見習おうと思う、疲れた金曜日なのだった。

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